ベッドサイドの風景4 (四苦八苦)

    人間、生きていると様々な苦しみを経験します。「借金の返済に四苦八苦している」などといいま すが、この四苦八苦という言葉は仏教の言葉です。
  
 最初の四苦は生老病死、つまり生きる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、そして、死ぬ苦しみです。

 次の四苦は愛別離苦(愛する人と別れる苦しみ)、怨憎会苦(嫌いな人と一緒にいる苦しみ)、五蘊盛苦(色、受、想、行、識によって生じる自我に縛られる苦しみ)、求不得苦(欲しいものが手に入らない苦しみ)で前の四苦と後の四苦で四苦八苦となります。

 「現代はストレスの時代、昔は良かった。」と言われる方もいらっしゃいますが、人間の根源的な苦しみはいつの時代も変わらないようです。

 さて、私は以前、大学病院で研修生をしていました。各科を回って研修をするわけですが、2年目からは脳外科で研修を受けました。
  
 我々鍼灸師は、この科で様々な神経痛や脳卒中による半身麻痺の治療などを外来や病棟で行うわけです。
  
 そして、科の性質上、交通事故や脳卒中、脳腫瘍といった重篤な患者さんも搬送されてきます。一刻を争うような場合、患者の家族は手術に立ち会うことはできませんし、病室で処置する時にも外に出されてしまいます。

 臨終に際し、家族ではなく医師や看護師に看取られて逝く場合が少なくありません。

 病院にはそれなりの理由があるわけですが、病気を治す病院で「愛別離苦」が助長されているのは残念なことです。

 
また、「怨憎会苦」というのも考えものです。

 
私は以前から学校の先生と入院した時の主治医は消費者が選べないというのは不合理なシステムだと思っていました。
 
 
私のような開業鍼灸師や病院でも外来の場合は、患者さんが「あの先生、感じ悪いな!」と思えば、他の鍼灸院に行ったり、外来の曜日を変えることができます。

 
しかし、入院すると、どこからか、いつのまにか主治医がやって来て、これがまた気の合わない人だ悲劇です。

  
また退院できる人は少々嫌な医者でも「もう少しの辛抱だ」と我慢できますが、「ここで死ぬんだ」という場合に患者を心底凍えさせるのです。
  
 
 hospital(病院)、hospis(ホスピス)はどちらもラテン語のhospitium(暖かくもてなす)という動詞から派生した言葉です。

  
ホスピスは中世ヨーロッパにおいて聖地巡礼の旅人が疲れた心身を癒し、慰めるための施設で、そこで旅人は手厚いもてなしを受け、またそこから次の巡礼地に旅立って行ったそうです。その思想が現在のホスピスの礎になっています。
  
 
人生という旅を終えようとしている旅人には愛別離苦」や「怨憎会苦を味わうことなく、穏やかな気持ちで死への旅立ちができるよう医療関係者には配慮してもらいたいと思いますし、それができる医療機関が増えることを切に望んでいます。